犬猫の脾臓腫瘍と非腫瘍性病変〝良性?悪性?〟|手術をするべきか獣医師が解説

脾臓の腫瘤(できもの)は、他の病気の検査や健康診断などで偶然見つかることがあります。脾臓の腫瘤(できもの)についてまとめてみました。

目次

犬猫の脾臓腫瘤(デキモノ) 良性?悪性?

脾臓腫瘍の分類

まずは言葉の整理をしておきます。

腫瘤体にできた〝できもの〟
腫瘍細胞が異常に増えて塊(かたまり)になったもの
悪性腫瘍腫瘍の中でも、周囲に拡がったり(浸潤)、離れたところに飛び移ったり(転移)するもの。
進行すると命の危険となる可能性がある腫瘍。
良性腫瘍腫瘍の中でも、周囲に拡がったり(浸潤)、離れたところに飛び移ったり(転移)しないもの。
基本的には命の危険とならない腫瘍。
非腫瘍性病変 腫瘍ではない病変。
(炎症や過形成など)
炎症体をウイルスや細菌から守る反応。
体の一部が熱をもち、赤く腫れたり、痛んだりする。
過形成正常な細胞が刺激によって増殖したもの。

体にデキモノが出来た場合に、良性のものなのか?悪性のものなのか?で治療方針が変わってきます。『良性?悪性?』を判断するためには、基本的に組織診断(注1)を行わなければいけません。(一部の悪性腫瘍は細胞診(注2)で診断できます。)その組織診断を行うには、手術でデキモノの組織を切除しなくてはいけません。

しかし、高齢や持病で麻酔が不安な場合や、飼い主さんの希望などで出来れば手術をしたくないというケースもあります。エコー検査や細胞診などで、『良性の可能性が高い』『悪性の可能性が高い』などある程度の予測をたてて、『手術をするべきなのか?』『様子をみていくか?』の判断をしていく必要があります。

また、脾臓のデキモノの場合、〝良性のもの〟でもサイズが大きくなると破裂してお腹の中で大出血を起こしてしまうことがあります。〝良性のもの〟〝悪性のもの〟に関わらず、デキモノのサイズも手術をするかの判断材料になります。

注1 組織診断 病気が疑われた部分から取った組織を、顕微鏡などで調べ、何の病気か診断すること。
麻酔をかけて、手術などで病変部を切り取って行うことが多い。
注2 細胞診(断) 病気が疑われた部分から取った細胞を、顕微鏡などで調べ、何の病気が診断すること。
麻酔をかけずに、病変部に注射針を刺して行うことが多い。

犬猫の脾臓腫瘤(デキモノ) 手術? 様子をみる?

脾臓のデキモノを手術でとるには、脾臓ごと摘出するケースがほとんどです。脾臓を部分的に切除する方法もありますが、悪性腫瘍の可能性が少しでもあれば、あまり勧められません。細胞診や画像診断で〝明らかに良性の可能性が高い〟と判断される場合や、脾臓の機能を温存したい場合には部分切除も検討します。

手術? or 様子をみる? 判断例

  • 大きなデキモノは手術した方がいい
    ・3cm以上のデキモノ
    ・〝良性のもの〟でも破裂して出血を起こす可能性があるため
  • 偶然見つけた小さなデキモノ
    ・細胞診で明らかな悪性所見がない場合、大きくなるスピードが遅い場合には様子をみる
    ・定期的な検査でデキモノが急に大きくならないかチェック

あくまでも判断の1例です。小さくても悪性腫瘍であれば転移などのリスクがあります。飼い主さんにそれぞれのメリット・デメリットを理解してもらい、どっちがいいか一緒に決めていきます。

本当に脾臓を取っても大丈夫?

脾臓を全部摘出しても、問題なく生活できるケースがほとんどです。ただし、脾臓は免疫のはたらきをしているので、感染症にかかりやすくなったり、重症化しやすくなるといわれています。全摘出するケースが圧倒的に多いですが、脾臓の機能を温存したい場合には、部分的に摘出することもあります。

脾臓のはたらき

  1. 血液中の古くなった赤血球を壊す
    ・赤血球の寿命は約3ヶ月
    ・古くなった赤血球は酸素をうまく運べなくなる
    ・古くなった赤血球を壊して、取り出した鉄分は新しい赤血球をつくるのに使われる
  2. 細菌やウイルスと戦う抗体を作る(免疫のはたらき)
  3. 血液を貯める
  4. 血液を作る(髄外造血)
    ・血液は主に骨髄で作られる。その骨髄での血液を作る力が弱くなったり、貧血などの緊急事態には脾臓でも血液を作る
    ・胎生期には脾臓がメインで血液を作るが、新生仔期に骨髄とバトンタッチする

脾臓の〝部分摘出〟のデメリット

  • 手術後の出血のリスクが高くなる
  • 悪性腫瘍だった場合、脾臓に腫瘍を取り残してしまうリスクがある
  • 手術方法が複雑になり、手術時間が長くなる

犬猫の脾臓腫瘤の検査

  • 超音波検査
  • レントゲン検査
  • CT検査(肺や肝臓への転移チェック)
  • 脾臓の細胞診
  • 病理検査

犬猫の脾臓腫瘤 それぞれの病気の割合

犬の場合

犬の脾臓にデキモノを作る各病気の発生率について様々な研究データがあります。

  • ・脾腫(脾臓が腫れて大きくなる状態)がある犬の2/3は悪性腫瘍
    ・そのうちの2/3は血管肉腫
    (Jonsonら 1989)
  • ・脾腫がある犬の良性と悪性の比率は50:50
    ・血管肉腫は脾臓の悪性腫瘍の約51%
    (Spangler&Kass 1997)
  • ・脾臓に異常がみられた犬の約50%が腫瘍
    ・そのうちの44%が血管肉腫
    (Dayら 1995)

特に①の研究データは『2/3ルール』といわれ、日本でも広く浸透しています。

しかしこの研究には下記の特徴があり、日本での診察での現状とは少し異なっていると考えられています。
①大型犬の多い海外の研究データ
→大型犬は血管肉腫の発生率が高い
②研究データが古い
→現在は検査精度が上がって小さいデキモノも見つかりやすい

病理組織研究センターの統計などにより、日本での現状は
『脾臓のデキモノの約50%は悪性で、そのうちの約50%は血管肉腫』ではないかと考えられています。

こういった研究は大学などの2次診療施設でまとめられることが多いです。2次診療施設では重い病状の子が紹介されやすいので、悪性腫瘍の割合が高くなる傾向があります(2次診療バイアス)。
1次診療でみかける〝脾臓のデキモノ〟は悪性腫瘍の割合はさらに低いとも言われています。

猫の場合

  • 良性のもの〟と〝悪性のもの〟の発生割合をまとめた報告はあまりない
    →日本の病理検査会社の統計では約80%が〝悪性のもの〟
    (参考:Veterinary Oncology N0.8 Oct.2015 猫の疾患鑑別リスト)
  • 最も一般的な腫瘍は肥満細胞腫とリンパ腫
    👉どちらも針生検(エコーをみながら脾臓に注射針を刺す)で診断しやすい
  • 血管肉腫の発生はまれ

犬猫の脾臓腫瘤 それぞれの病名

腫瘍じゃない(非腫瘍性病変)
  • かたまり(限局性腫瘤)〟をつくる場合
    ・結節性過形成
    ・出血性梗塞
    ・血腫
    ・腫瘍
  • 〝脾臓が全体的に大きくなる腫大)〟場合
    ・髄外造血
    ・うっ血
    ・脾捻転
良性腫瘍
  • 線維腫
  • 血管腫
  • 脂肪腫
  • 骨髄脂肪腫
  • 形質細胞腫
犬の悪性腫瘍
  • 脾臓の組織から発生する腫瘍(脾臓原発腫瘍)
    ・血管肉腫
    ・繊維肉腫
    ・平滑筋種
    ・未分化肉腫 など
  • 他の臓器に発生した腫瘍の転移や多中心性腫瘍
    ・リンパ腫(ステージ4)
    ・白血病
    ・多発性骨髄腫
    ・形質細胞腫
    ・血管肉腫
    ・肥満細胞種
    ・悪性組織球腫
    ・悪性黒色種 など

犬では血管肉腫の発生が多いです。

猫の悪性腫瘍
  • 脾臓の組織から発生する腫瘍(原発腫瘍)
    ・肥満細胞種
    ・血管肉腫
    ・繊維肉腫
    ・悪性繊維性組織肉腫
    ・横紋筋肉腫 など
  • 転移性・多中心性腫瘍
    ・リンパ腫
    ・白血病
    ・血管肉腫
    ・肥満細胞腫
    ・乳腺腺癌 など

猫では肥満細胞種やリンパ腫の発生が多いです。

  • Small Animal Oncology
  • Withrow&MacEwens Small Animal Clinical Oncology 4th ed
  • Veterinary Oncoloy No.6 Apr.2015
  • Small Animal Internal Medicine 4t
在宅緩和ケア専門動物病院「犬と猫の緩和ケア」
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